大判例

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最高裁判所第二小法廷 平成10年(オ)1956号 判決

奈良県吉野郡下市町大字伃邑二二一二番地

上告人

大川正智

右訴訟代理人弁護士

吉利靖雄

右補佐人弁理士

大和田和美

奈良県北葛城郡広陵町大字南字井殿一七八番地

被上告人

株式会社若草食品

右代表者代表取締役

上杉幸作

広島県佐伯郡湯来町大字白砂二〇番地の一〇

被上告人

寿マナック株式会社

右代表者代表取締役

山本克二

右当事者間の大阪高等裁判所平成八年(ネ)第五五五号特許権侵害差止等請求事件について、同裁判所が平成一〇年八月二八日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人吉利靖雄、上告補佐人大和田和美の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右判断は、所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河合伸一 裁判官 福田博 裁判官 北川弘治 裁判官 亀山継夫)

(平成一〇年(オ)第一九五六号 上告人 大川正智)

上告代理人吉利靖雄、上告補佐人大和田和美の上告理由

第一、原判決は法令の解釈に関する重要な事項を含む。

一、民事訴訟法三一八条一項には、上告受理要件として「当該事件が法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる」ことを挙げている。この「当該事件が法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる」場合とは、最高裁判所が法令の解釈適用の統一を図るという観点から、法令の解釈適用について実質的な判断を提示する必要がある事項をも指すのである。

二、特許法七〇条一項には、「特許発明の技術的範囲は、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」とあり、さらに、平成六年法により特許法七〇条二項として、「前項の場合においては、願書に添付した明細書の特許請求の範囲以外の部分の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。」が新設された。

三、しかし、上告受理申立人は特許法七〇条一項に関する「要旨認定は、特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきであり、発明の詳細な説明を参酌し得るのは、特許請求の範囲の記載が技術的意義が一義的に理解できないとか、あるいは、一見してその記載が誤記であることが発明の詳細な説明の記載に照らしてあきらかである等の特段の事情がある場合に限られる。このことは、特許請求の範囲には、特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない旨を規定している特許法第三六条第五項第二号の規定から見てもあきらかである。」旨の最高裁平成三年三月八日判決(民集四五巻三号一二三頁)は、右特許法七〇条二項の新設後といえども特許発明の技術的範囲を決定する上で重要な解釈基準と思料する。原判決は、特許法七〇条一項に関する右最高裁判決を無視して、本件特許発明の技術的範囲を不当に狭く解釈したものである。

四、従って、本件上告受理申立事件は、最高裁判所が特許法七〇条一項及び二項の解釈適用の統一を図るという観点から「当該事件が法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる」のであって、上告受理要件を具備するのである。

第二、本件事案の概要は、次のとおりである。

一、上告受理申立人は大川商店なる商号で食品の製造販売を業とする者であり、相手方らは食品の製造販売を業とする会社である。

二、上告受理申立人は、左の特許権(以下本件特許権という)を有している。

(1) 特許番号 特許第一一八八九〇三号

(2) 発明の名称 繊維状団結コンニャク食品及びその製造方法

(3) 出願日 昭和五六年三月二三日

(4) 出願番号 特願昭五六-〇四三四七〇号

(5) 公告日 昭和五八年五月七日

(6) 公告番号 特公昭五八-〇二二一八五号

(7) 登録日 昭和五九年二月一三日

(8) 特許請求の範囲

「1 濃アルカリ性の芯部外周に希アルカリ性の表面層を有するコンニャク糸条が、その表面層を相隣接するコンニャク糸条の表面層に接着され、かつ、各コンニャク糸条は繊維状態を保持して一体的に団結されてなることを特徴とする繊維状団結コンニャク食品。(以下本件A発明という。)

2 コンニャク原料粉を水もしくは湯に浸潰して膨潤する工程と;該膨潤した原料粉を適量のアルカリおよび水と共に攪拌混練し混合糊状物を得る工程と;該混合糊状物をノズルを介して押出し糸上に成形すると共に、この押出成形された素コンニャク糸条を該糸条のアルカリ濃度よりも弱アルカリ性に調整した湯中に導き、該湯中に短時間保持して芯部のみを凝固せしめた半硬化コンニャク糸条を得る工程と;該半硬化コンニャク糸条を直ちに冷却する工程と;冷却保持した上記半硬化コンニャク糸条を向きをそろえて重合せしめると共に、適宜加圧の下にその相接する表面層を互いに接着せしめて団結する工程と;該団結したものを弱アルカリ性に調整した湯中に浸漬保持し、その半硬化コンニャク糸条の表面層を凝固せしめると共に仕上げる工程とからなることを特徴とする繊維状団結コンニャク食品の製造方法。

(以下本件B発明という)」

三、本件A発明の構成要件は分説するとつぎのとおりである。

(1) 濃アルカリ性の芯部とその外周に希アルカリ性の表面層を有するコンニャク糸条であること。

(2) コンニャク糸条の表面層を相隣接するコンニャク糸条の表面層に接着されていること。

(3) 各コンニャク糸条は繊維状態を保持して一体的に団結されてなること。

(4) 繊維状団結コンニャク食品であること。

四、本件A発明の目的および作用効果はつぎのとおりである。

従来のコンニャク食品は板コンニャクなどの団子状一体物と糸コンニャクとに大別されるが、本件A発明の繊維状団結コンニャク食品は糸コンニャクを多数結束せしめた如き断面構造を有する新規なコンニャク食品であって、従来の板コンニャクが持つ食感、歯触りと糸コンニャクが持つ煮汁の含浸性を合わせ持つ点で従来のコンニャク食品より優れており、消費者に美味しくバラエティに富んだコンニャク食品の提供を可能とするものである。

第三、原判決について

一1、原判決は、本件A発明の構成要件の「1 濃アルカリ性の芯部とその外周に希アルカリ性の表面層を有するコンニャク糸条であること。」のうち、「濃アルカリ性」と「希アルカリ性」の技術的意味は一義的に明確とは言えないが(原判決二四頁八行~二五頁三行)、発明の詳細な説明中のコンニャク食品の製造工程に照らすと「濃アルカリ性」と「希アルカリ性」はコンニャク糊を凝固させる働きを持つ水酸化物イオンの濃度を意味する(原判決二八頁一〇行~二九頁六行)とする。

2、しかし、原判決は、「芯部」と「表面層」の技術的意味は一義的に明確であるにも拘らず、本件明細書の第2図及び発明の詳細な説明からすれば、本件発明は「芯部」と「表面層」の二層構造をその構成要件とするものと判断する(原判決三〇頁三行~三一頁三行)。

二1、一方、原判決は、イ号製品が、一応「芯部」と「表面層」の二層構造を有するともいい得るところである(原判決四三頁二行三行)と認定しつつ、観察結果のみでイ号製品の各コンニャク糸条が全て二層構造を有するとまでいうには、必ずしも十分でない(原判決四三頁一一行~四四頁二行)とし、さらに、イ号製品の「芯部」と「表面層」の各pHを測定した日色、砂原両測定とも、測定方法は正確で、各コンニャク糸条の全てにつき外周部のpHが芯部のpHより低い測定結果は採用すべきものと判断する(原判決四四頁三行~四七頁四行)。

2、ところが、原判決は、イ号製品の「芯部」と「表面層」の各pHを測定した日色、砂原両測定とも、測定方法は正確で、各コンニャク糸条の全てにつき傾斜状に表面層より芯部に向かってアルカリ濃度が高くなっており、外周部のpHが芯部のpHより低い測定結果となっていると認定しながら、イ号製品が果たして濃アルカリ性の芯部と希アルカリ性の表面層を二層構造として有するかは、なお明らかとはいい難い(原判決五〇頁五行~七行)とし、イ号製品が本件発明の構成要件の「1 濃アルカリ性の芯部とその外周に希アルカリ性の表面層を有するコンニャク糸条であること。」を充足するとまでは認めるに十分でないと判断して本件控訴を棄却した。

第四、「芯部」と「表面層」の技術的意味は一義的に明確であるにも拘らず、本件明細書の第2図及び発明の詳細な説明からすれば、本件発明は「芯部」と「表面層」の二層構造をその構成要件とするものとする原判決の判断(前記第三、一項)には、特許法七〇条一項の解釈適用を誤った違法があり判決に影響を及ぼすこと明らかであり、かつ、原判決に、最高裁平成三年三月八日判決(民集四五巻三号一二三頁)と相反する判断があるので破棄されるべきである。

一、本件特許発明は、「濃アルカリ性の芯部外周に希アルカリ性の表面層を有するコンニャク糸条が、その表面層を相隣接するコンニャク糸条の表面層に接着され、かつ、各コンニャク糸条は繊維状態を保持して一体的に団結されてなることを特徴とする繊維状団結コンニャク食品」からなるものである。

右各コンニャク糸状の構造は、特許請求の範囲には「濃アルカリ性の芯部外周に希アルカリ性の表面層を有する」と一義的・明確に規定されている。

二、そして、発明の詳細な説明中には、コンニャク糸条の芯部と外周部の構成について、

「第2図はその断面の様子を拡大して図示するものであり、コンニャク糸条一〇、一〇…は各々独立して石灰分を充分に含有した芯部a、a…を有していると共に、その相接する表面層b、b…は石灰分が希釈化されてコンニャク素材事態により互いに接着して一体的に団結しており、かつ、コンニャク糸条一〇、一〇…間にはところどころ空隙Cが存在する。」(本件特許公報二頁四欄四〇行目から三頁五欄二行目)

とのみ記載されている。

この記載によれば、「芯部」とは石灰分を充分に含有していることであり、「表面層」には石灰分が希釈化されていることが示されている。

三、斯様に、本件特許の特許請求の範囲および詳細な説明のいずれにも、原判決が、本件特許発明のコンニャク糸条の構造として述べる如き「濃アルカリ性の芯部と希アルカリ性の表面層を二層構造として有し、」ていること及び「二層構造の接界面の内外でアルカリ濃度が断層的、二層構造に異なる状態に留まる」ことについての記載も示唆も存在しない。即ち、「アルカリ濃度が均一な高濃度である芯部と、アルカリ濃度が均一な低濃度の芯部との二層構造からなり、二層の接界面にアルカリ濃度差が断層的に発生している」との記載は、本件特許には全く存在しない。

四、つまり、本件特許発明の技術的範囲は、原判決が認定判断した「各コンニャク糸条が、濃アルカリの芯部と希アルカリ性の表面層を有する二層構造で、二層の接界面にアルカリ濃度差が断層的に発生している」ものに決して限定される筈のものでは決してないのである。

本件明細書の第2図には、芯部aと表面層bとの二層構造が描かれている。しかし、右第2図は、単にコンニャク糸条同士が相接する希アルカリ性の表面層bが、濃アルカリ性の芯部aの全周を囲む表面に存在しているという本件発明の特徴点を明らかにするために概略的に構造を示した模式図に過ぎない。

五、本件特許発明の要旨は、その製造工程の説明で明らかなように、「芯部のみを凝固せしめた半硬化コンニャク糸条を得て」(特許公報二頁三欄一四行ないし一五行)、このコンニャク糸条同士を、半硬化の表面層で接着させることにより、空隙を有してコンニャク糸条が繊維状に団結している繊維状団結コンニャク食品を得ていることにあり、芯部のみが凝固して、表面層が凝固していない半硬化コンニャク糸条は、「アルカリ濃度差により、芯部が表面層よりも先に凝固し始めるのである」(特許公報二頁三欄二二行ないし二三行)との記載から解る通り、表面層のアルカリ濃度が、芯部よりもアルカリ濃度よりも低いことにより、芯部は硬化しているが、表面層は半硬化状態のコンニャク糸条を得ることにあるのである。

六、先に凝固を始める芯部は、本件明細書の第2図を参照した前記記載にあるように、芯部は石灰分を充分に含有しており、後から凝固する表面層は石灰分が希釈化されている。本件特許発明のコンニャク糸条は、単に、石灰分を充分に含有することによって濃アルカリ性となっている芯部と、石灰分が希釈されることによって希アルカリ性となっている表面層を有するという構成なのであり、該構成を満たすことにより本件特許発明の繊維状団結食品が得られるものなのである。

七、当然のことながら、実際の製造工程において、湯水中で流動する石灰分の量により規定されるアルカリ濃度を、芯部を同一の高濃度となるように厳密に制御し、表面層を同一の低濃度になるように厳密に制御することは不可能であり、二層以上の多段の段階状に、あるいは、傾斜状に表面層より芯部に向かってアルカリ濃度が高くなる(逆に、芯部より表面層に向かってアルカリ濃度が低くなる)場合も発生し得る。

しかしながら、本件特許発明は、仮に二層、二層以上の多層あるいは無段階の傾斜状にアルカリ濃度が変化しても特許請求の範囲に記載のように、「芯部が濃アルカリで、該芯部の外周の表面層が希アルカリで」、芯部が凝固している段階で表面層が半硬化状態となる条件を満たせば、本特許の構成要件を満たすというものなのである。

言い換えれば、模式的に書かれた第2図に示す如き芯部と表面層との二層構造ではなく、従って表面層の間にアルカリ濃度差が断層的に発生する構造ではなくとも、芯部よりも表面層の濃度が低くさえあれば本件特許請求の範囲に記載されている「濃アルカリの芯部の外周に希アルカリ性の表面層」が存在し、たとえ表面層から芯部の中心に向かって多段階あるいは傾斜的にアルカリ濃度が高くなっていようとも本件特許発明の技術的範囲に含まれるコンニャク糸状なのである。

八、特許発明の技術的範囲は、あくまでも「特許請求の範囲」の記載に基づいてなされるべきであり(特許法七〇条一項)、特許請求の範囲に記載された技術的事項の理解にあたって発明の詳細な説明および図面が考慮されるべきものである(特許法七〇条二項)。

本件特許発明は、各コンニャク糸条の構成について、「濃アルカリ性の芯部外周に希アルカリ性の表面層を有し」と記載しているのであり、各コンニャク糸条は発明の詳細な説明および図面を考慮するまでもなく濃アルカリの芯部と芯部よりもアルカリ性が低い表面層が芯部の外周に存在するものであることことが一義的且つ明確に規定されている。

九、斯様に、各コンニャク糸条は濃アルカリ性の芯部と、希アルカリ性の表面層を有してさえおれば本件特許発明の技術的範囲に含まれるのにも拘らず、本件特許発明の技術的範囲は第2図に模式的に記載した二層構造の各コンニャク糸条に限定されるとした原判決の判断には特許法七〇条一項の解釈適用を誤った違法があり判決に影響を及ぼすこと明らかであり、かつ、原判決には、最高裁平成三年三月八日判決(民集四五巻三号一二三頁)と相反する判断があるので破棄されるべきである。

以上

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